震災発生から10日。多くの人がお亡くなりになり、同時に未曾有の国家的危機に対して、多くの国民が固唾を呑んで見守り続けた10日間だった。
「たら」「れば」の話をすればいくらでも批判や否定が出来るが、いまさらそんなことをしても仕方がないし、誰かを批判したところで時間が巻き戻るわけでもない。
私は海外生活が長いので英語は問題なく、中国語も大丈夫なのですが、昨今の日本の英語教育の変化については、ちょっとした期待と不安をもっている。
企業が新卒採用の際にTOFELやTOEICの点数を求め始めると、これはあくまでも受験勉強の英語教育の延長上にしか存在しない「使えない英語力」になってしまう可能性がある、ということだ。
これまでの英語教育の問題は、単純にその言葉の学び方にある。最初に読んで、書いて、話して、聞く。これが日本における(少なくとも私の世代においての)英語教育の主流であった。だが、赤ちゃんが言葉を学んでいくプロセスと言語を学んでいくプロセスを同様に考えれば、まず聞き、話し、読んで、書いて、という流れが正しいはずなのである。日本の英語教育は流れが逆だった。これらの問題は以前より指摘をされていた点であり、昨今の英語教育はまずは聞くことに重きをおいて、それから話をする。この聞く→話す、という流れが少し独立独歩をしてる感もあるが、聞くことと話すことが出来れば、ビジネスの世界においては大半のことが可能となる。
ずいぶんとふるい本だが、梅田望夫氏の「ウェブ時代をゆく」を改めて紐解いた。
改めて読んでみると、確かにその通りだなぁと感じる部分がいまだに多い。WEB2.0という話よりもさらに前からの梅田さんの思考として、一定以上の未来予測が行なわれており現にそのとおりになっている部分も多い。
『アメリカでは小学校から、誰かが書いた作文にクラスメートがコメントをつけ、先生がコメントの仕方をたとえば、「単なる批判は良くないから、建設的な言い方に直せ」などと指導する。相手のよいところを見つけ、見つけたら褒め、批判するにしても建設的に行うことを、小さい頃から子供たちは体系的に叩き込まれる。・・・(中略)。「ある対象の悪いところを探す能力」を持った大人が日本社会では幅を利かせすぎていて、知らず知らずのうちにその影響を受けた若い人たちの思考回路がネガティブになっているのだろうか。問題はそういう思考を続けていると、自然に批判対象を自分に向け「自分の悪いところ」ばかりを探す能力が長けていき、引いては自己評価が低くなり、何事につけ新しいことに踏み出す第一歩の勇気が出てこなくなることがある・・・』